判断能力が不十分な認知症の人には、遺言能力がないとされています。
認知症の方の死後、自筆証書遺言が出てきた場合、「これは既に認知症を患った後に書かれたものだから無効だ」「いやいや、作成時にはまだ頭はしっかりしていた」などと、遺族間でトラブルになるケースがあるようです。
このようなトラブルを避けるためにも、公正証書遺言の作成をおすすめしています。公正証書遺言の場合、受け答えの状況等を見て、認知症により遺言能力がないと公証人が判断した場合は、作成できません。
今回は、認知症と遺言能力について、シニアと家族の相談室のスタッフが立ち会った事例を通して考えてみたいと思います。
高齢の父に遺言を作成して欲しいが、手遅れ?
Bさん(70代の女性)から「95歳の父(Aさん)に遺言書を書かせたい」というご相談を受けました。Bさんはお母さんを早くに亡くしており、兄弟姉妹もいません。Aさんにとっての唯一の法定相続人です。
Bさんは一昨年、がんの手術を経験し、「私もそれほど長くはないのでは?」と考え、Aさんの財産は、自分を飛び越えて2人の子供たち(Cさん、Dさん。Aさんにとっては孫)に渡したいと思うようになりました。
BさんはそのことをAさんに話し、Aさんも同意したのですが、困ったことにその直後からAさんの物忘れがひどくなり、介護施設に入所することになったのです(要介護3認定)。「遺言の作成は間に合わなかった・・・」と落胆していたBさん。そんな時、施設の職員さんから「Aさんより症状が重い人が公正証書遺言を作成できた事例を知っている。チャレンジしてみては?」と声を掛けられ、ご相談に来られた経緯があります。
公証人がやってきた!その判断は?
大至急、司法書士を紹介。司法書士は遺言書の文案を作成の上、公証役場と日程調整。公証人にAさんの暮らす施設まで出張してもらうことにしました。当日、証人として立ち会うために、少し早めに施設に伺うと、Bさんは、Aさんに寄り添いながら、「今日は何日だっけ?」とか「名前、書いてみよう」とか、遺言能力の有無の判定のために公証人に聞かれそうな想定問答を繰り返しています。上機嫌でそれに答えながら、時折冗談も飛ばすAさん。何とか大丈夫そうな気がします。
そして、いよいよ、公証人がやってきました。銀ぶちメガネの奥から眼光鋭くAさんの眼をのぞき込んで、「お名前は?」と第一声。何とかクリアしたものの、緊張のためか、明らかにAさんの調子が先ほどまでと違います。いくつかのやり取りを経て、いよいよ質問が核心に迫ります。「あなたが亡くなった後、財産は誰に渡すんですか?」
「あの・・・そういうことは、娘に任せていますんで」とAさん。「じゃあ、質問を変えましょう。財産は、娘のBさんに渡したいんですか?」
「・・・孫のCとD」重苦しい沈黙をAさんの声が破りました。「本当にお孫さんのCさんとDさんでいいんですね?」と公証人。その問い掛けにAさんがコクリとうなずいた瞬間、公証人はニッコリ微笑みました。こうして、Aさんは、無事、公正証書遺言を作成できたのです。
Aさん・Bさん親子の事例では、法定相続人が1名しかおらず、後々もめる要素がありませんでした。公証人の判断にあたっては、その辺りも考慮されたのかも知れません。
まとめ
「少し早いかな?と思っても、元気なうちに遺言書を作成しておくのが一番」です。
公証人も医療の専門家ではないので、遺言者が本当に認知症なのかどうなのかという診断をすることはできません。遺言者の死後、公正証書遺言が無効とされたケースもあります。遺言者に認知症の疑いがあり、相続人間にもめる要素があるような場合は、医師の診断書等を用意しておくなど、慎重な対応が必要です。
公正証書遺言の作成をお考えの方は、「シニアと家族の相談室」まで、お気軽にご相談ください。