超高齢社会の日本で今、注目されている在宅医療。住み慣れた我が家で最期を迎えたいと希望する方もいらっしゃいます。そうした方々を訪問薬剤サービスで支えるまんまる薬局では、同社独自の「ボランチ制度」を導入し、薬剤師だけでなく管理栄養士も一緒になってサポートしています。今回は、まんまる薬局の管理栄養士、浅野郁規さんにお話を伺いました。
「自分らしく生きられる世の中」の実現を訪問薬剤でサポート
まんまる薬局というのはどのような薬局なのでしょうか?
普段、「薬局」と聞くと病院で処方箋をもらって、病院やご自宅の近くの薬局でご自分で受け取るというイメージが一般的だと思います。しかし、健康状態によってはなかなかご自宅から出られなかったり、お薬を薬局に取りに行くのも難しい方もいらっしゃいます。
そういった方に、私たち薬局の方からご自宅にお薬を届ける、在宅医療の訪問薬剤というサービスを行っています。自宅療養をしている方のご自宅や入居先にお伺いして、薬を届けたり、服薬管理などをしています。
また、「まんまる薬局」という名前には、上から下へというのではなく、「皆が手をつなぎあって地域を支えていきたい」という思いが込められています。
薬局の方から薬を届けてくれるのですね。でも、どうして在宅医療なのでしょう?
私たちは、「人から人へ心を届ける」という理念のもと、「自分らしく生きられる世の中」をビジョンに掲げていますが、自分らしくいられるためには、やはり住み慣れた自宅で過ごすのが大切だと感じています。
患者様にお話を伺っていても、「病院に行きたくない」とか、「施設には入りたくない」「住み慣れた自宅で最期を迎えたい」という方はたくさんいらっしゃいます。そうした患者様のご希望に添えるような選択肢として、在宅医療をお薬の面からサポートしています。
利用されているのはどのような方でしょうか?
車椅子や歩行器を使っていて散歩程度しかできない方、何らかの理由があり薬局に行けない方、また往診でお医者さんに来ていただいている方などです。
ご利用者のほとんどがご病気の方ですが、そのうちの2割から3割が急性期の患者様です。
年代的には70〜80代の方、特に男性が多いですね。さらに、これは当社がある板橋区の特徴なのかもしれませんが、一人暮らしの方が多いと思います。
家族のように患者様に寄り添う、ボランチ制度
御社独自の「ボランチ制度」があると伺いました。どのような制度なのでしょう?
一般的な訪問薬剤サービスでは、薬剤師さんが1人で患者様のご自宅を訪問しているケースが多いと思いますが、まんまる薬局では、訪問は薬剤師とボランチという医療アシスタントの2人体制で行っています。
薬剤師がひとりで訪問すると、薬剤師は患者様の状態を見ながらお薬の説明もしなくてはならず、患者様のニーズにもなかなか応えられません。 しかし2名で伺えば、役割分担をすることで、薬剤師が患者様とお話しする時間を十分に確保することができます。老々介護のご夫婦宅などでも、患者様とそのご家族と、双方と柔軟にコミュニケーションをとることができるのです。
また、薬剤師が患者様とお話している間に、ボランチは例えば「お部屋が荒れていないか?」など、患者様の生活状況を確認することもできます。
もともと「ボランチ」という言葉は、サッカー用語で「舵取り」とか「指揮を執る人」のポジションです。当社の代表が元プロサッカー選手だったこともあって、その名前をとって「ボランチ制度」と言っています。まんまる薬局のボランチは、家族のように患者様に寄り添う存在を目指しています。
2名体制だからこそ、深いコミュニケーションがとれるわけですね
患者様との深いつながりというのは、在宅ならではでしょう。実際に、患者様のご自宅に上がってお話をしていると、ご自身の歴史を語ってくださったりということもあります。私は20代ですが、60代の方のお話を伺っていると本当に勉強になります。
また、これも在宅ならではですが、患者様のライフスタイルや、性格を配慮した上でのお薬のご提案も可能です。
例えば、お薬は朝昼晩と出されることも多いのですが、朝起きるのが遅いと飲み忘れてしまうなんてこともあります。
このように、朝なかなか起きられないという方のために、お医者さんと相談しながら「お薬は昼と夕だけにしましょう」といったことを提案したりもします。
さらに、まんまる薬局の特徴として、管理栄養士も一緒に在宅の現場で活躍しているという点もあります。管理栄養士も、ボランチと栄養士との役割を兼ねて、薬剤師とともに患者様のご自宅を訪問しています。
管理栄養士も訪問するのですか?
ボランチの中には管理栄養士も7人いますので、患者様に食事のレシピや栄養バランスについて、アドバイスもさせていただいています。毎回、買い物のたびに食品の裏の表示を見て、入っている栄養素まで確認する人はあまりいないと思うので、その役割を私たちがやらせていただいているという感じです。
具体的には、患者様の自宅に行って、「3か月の間で食事の量は増えましたか?」とか「お食事はどのくらい食べていますか?」とか、聞き取りをさせていただきます。
聞き取った内容は見やすく数値化して、例えば体重が何キロとか、BMIの数値を出したり、カロリーやたんぱく質など三大栄養素といわれるものを説明したり。もちろん数値だけだとピンとこない方もいらっしゃるので、患者様ごとに例えば減塩の方法だったり、オーダーメイドの資料も作成しています。
また、SNSでもレシピなどをインスタやツイッターで、病気、疾患別のレシピを投稿したりといったこともしています。
ずっと元気でいるためには、しっかりと栄養をとることが大切
レシピの投稿までされているのですね
在宅医療の中でも課題のひとつとしてあげられるのが低栄養ということだと思います。低栄養が続くとどういうことが起こるかというと、元気に暮らしていても一度転んでしまうと、そのまま寝たきりになってしまったり、少し歩いただけで疲れやすくなったり、認知機能の低下なども見られたりします。
最近よく聞くフレイル(老化による衰え、体、心、社会性が弱まった状態)に陥ってしまう恐れがあります。やはり、いつまでも元気でいるためには、しっかりと栄養をとる必要があります。
中には「近くにコンビニしかないので、食事はコンビニでしか買っていません」という方もいらっしゃいます。なので、「コンビニ食でもこういう組み合わせで食べると、栄養バランスが取れますよ」といったこともお伝えしています。
実は非公式で一度、ある大手コンビニエンスストアの商品で、栄養バランスを考えた食事の組み合わせ方をまとめて資料を作成したことがあります。すると、コンビニエンスストアの方からお声がけいただいて、高血圧や、糖尿病の方向けのコンビニ食の資料も作成させていただきました。
患者様一人ひとり真剣に向き合っていくことが看取り難民を減らす近道
これまで訪問されて、印象に残ったエピソードなどはありますか?
印象に残っている患者様は、ある寝たきりの末期の方です。
普段、言喋を喋ることも困難な方でしたが、私がお薬のお届けで訪問したとき、その方は、ベッドサイドに置いていた水を指さし、飲みたいと意思表示をされました。この患者様は、薬の副作用もあったのかもしれませんが、喉が常に乾いている状態だとは聞いていました。
いつもは、看護の方がいるのですが、夜間のため、誰もいませんでした。ひとりで水を飲むことも難しそうだったので、私が少しお手伝いしました。
最初はためらったんです。本来、私達、管理栄養士がヘルパーさんのように介助することは、あまりしてはいけないのですが、でも末期だということはわかっていたので。もう、この方とお会いできるのは最後かもしれないと。
その患者様は、私が訪問したその翌日に亡くなられたのですが、この時の経験を通じて、一瞬一瞬を大切に患者様と向き合わないといけないと。自分の中で心残りがないように努めていこうと、思うことができました。
在宅医療では、そういうお別れを経験することもあるのですね
今日会った患者様に、次はもう会えないかもしれないということを実感しました。お薬をお届けする患者様はお元気な方が多かったので、それまで「死と隣り合わせ」という経験もなく、あまり死を実感できていなかったと思います。
末期の方だけでなく、毎週お会いしている患者様でも急に体調が悪くなって、入院して亡くなったり、施設に入られたりすることもあります。
あの時の患者様が、「水が飲めて良かったな」と思ってくださったかどうかはわかりません。ただ、一期一会を大切にしたいなと思いました。
介護施設への入居を希望する方もいらっしゃいますが、在宅医療にはどういったメリットがあるのでしょう?
訪問医療をご利用されている方は、ご夫婦の方より一人暮らしの方が多いと思います。しかし、ご家族がいらっしゃる方も、ご家族と普段の暮らしを続けながら治療することで気持ちも安定し、前向きになれるのではないでしょうか。
万一、在宅医療を受けている患者様の状態が悪くなり、一時的に入院が必要になった場合でも、在宅医療を提供している医師が入院できる病院を紹介できます。その病院に日常の診察情報を提供すれば、スムーズな入院が可能になるでしょう。
また、退院した後、自宅や介護施設で療養生活を続ける場合には、入院していた医療機関で受けた検査、治療などの情報がシェアされれば、在宅復帰が円滑に進みます。
入院を継続するよりも費用負担も少なくなる場合も多いと思うので、費用を抑えたい方にも在宅医療はおすすめです。
最後に、今後の展望について教えてください
超高齢社会の中で、2030年には47万人以上の方が終末期や最後のケアが受けられない、いわゆる看取り難民になると言われています。こうした方を少しでも減らすべく、私たちも在宅医療に取り組んでいます。いろいろな工夫で、患者様一人ひとり真剣に向き合っていくことが看取り難民を減らす近道だと思います。
私たちが関わった方の人生が幸せなものであって欲しいので、一回一回、真剣に向き合うということを心掛けています。
日本人のおよそ7割は病院で亡くなっていますが、自宅で亡くなりたいと思っている方は5割以上もいるとも言われています。
仮に末期の方でも訪問医療サービスを利用することで、ご自宅で最期を迎えることも不可能ではありません。「できる限り住み慣れた地域で暮らしたい」というご希望を実現させるためにも、在宅医療を広めていければと思います。
ありがとうございました