2023年の総務省の「住宅・土地統計調査」によると、全国の空き家の数は900万2,000戸。年々右肩上がりで増加しており、前回2018年の調査(848万9千戸)と比べ、51万3,000戸の増加で、過去最多となっています。
空き家が発生する最大の原因は相続だと言われています。今回は、Aさんの事例を通して、相続と空き家が抱える課題について考えてみます。
相続と空き家の発生 ~Aさんの事例~
半年ほど前、「シルバー人材センターより安く草刈りをやってくれる業者、知りませんか?」とご相談に来られたAさん(60代女性)。
郊外にある空き家の管理に悩んでいるとのこと。この空き家は、Aさんの実家です。15年前にお父様が亡くなり、お母様がひとりで住んでいたそうですが、お母様も5年前に他界。以降、空き家になっているそうです。
お母様の相続人はAさんと弟のBさん。お母様の相続財産は実家の土地・建物と銀行預金。銀行預金は2人で平等に分割したそうですが、実家についてはAさんとBさんとの間で意見が食い違ったそうです。
「私もBも自分の家は購入しています。お互い、実家から片道2時間ほどかかる場所に住んでおり、実家をもらって住みたいとは思いませんでした。Bは、実家を売却して売却代金を平等に分けようという意見だったのですが、私は思い出の詰まった実家を人手に渡すのが忍びなくて、『当面このままにしておかない?海も近いわけだし、お互いの家族が別荘みたいに使えばいいじゃない』と言ってしまったんです。
Bは不満そうでしたが、とりあえず私の意見に従ってくれました」と話すAさん。その後、実家が別荘のように使われることは一度もなく、家の空気の入れ替えや庭の草むしりのために定期的に実家を訪れていたAさんの足も遠のいていきました。
そんなある日、隣家の人から「庭の草が伸び放題。虫がたくさん発生していて困る。木の枝が伸びてウチの敷地に越境しているし……」と苦情が入ったそうです。
「すぐに菓子折りを持って謝りに行きましたが、管理を怠るとこんなにも簡単に荒れてしまうのかと、驚きました。それ以来、母が晩年によく利用していたシルバー人材センターに、庭の草刈りや木の枝の剪定を定期的にお願いしているのですが、庭が広いこともあり、結構費用がかかるんです。Bに費用の折半をお願いしたところ、『だから、売却しようと言ったんだ。俺は知らないよ』と断られてしまいまして……」。
空家等対策特別市措置法
空き家を適切に管理せず、放置してしまうと近隣の人に迷惑がかかってしまいます。
Aさんの事例から更に状況が悪化し、老朽化した家屋の倒壊などにより通行人や隣家に損害を与えた場合、大きな損害賠償責任を負うこともあります。空き家を適切に管理する責任は、その所有者にあります。所有者に空き家の適切な管理を促す目的で制定されたのが、「空家等対策特別措置法」です(2015年5月26日施行)。
空家等対策特別措置法により、市区町村は、さまざまな個人情報を活用して、適切に管理されていない空き家の所有者を特定し、改善を促すことができるようになりました。改善を促しても所有者が対処しない場合、その空き家は「特定空家等」に指定されます。「倒壊など保安上危険となる恐れがある状態」「著しく景観を損なっている状態」「衛生上有害となる恐れがある状態」といった状態で放置されている空き家は、特定空家等に指定される可能性が高いと考えられます。
特定空家等に指定された空き家の所有者に対し、市区町村は、撤去・修繕などの「助言・指導」を行うことができますが、改善が見られない場合、「勧告」が行われます。
勧告を受けた場合、「住宅用地の特例措置」が適用されなくなります。居住用の建物が建っている土地の固定資産税評価額は、更地の場合と比べ、固定資産税が最大6分の1、都市計画税が最大3分の1に軽減されていますが、その優遇措置が受けられなくなってしまうのです。
以前は、敷地上に居住用の建物があれば固定資産税・都市計画税が大幅に軽減されるという理由で、空き家を解体せず、そのまま放置しておくケースも見られましたが、空家等対策特別措置法の施行により、空き家を放置しておくメリットは、事実上なくなりました。
勧告を受けても改善されない場合、「命令」が出される可能性があります。命令に従わない場合、50万円以下の過料が科されます。
さらに、建物が極めて危険な状態であるにもかかわらず状態が改善されない場合、市区町村が所有者の許可を得ることなく直接建物を解体し、その費用を全額所有者に請求する「行政代執行」が認められています。
空き家を売却する場合に知っておきたい特例
空き家問題の「出口」としては、解体して売却するケースが圧倒的に多いのが実情です。しかし、不動産の売却金額から取得費と譲渡費用を差し引いた譲渡所得には、譲渡所得税がかかります。
かなり昔に取得した不動産など、取得費が不明な場合、売却金額の5%相当額を取得費とすることができますが、この場合、譲渡所得がかなり大きくなってしまうことがあり、注意が必要です。
空き家の売却を検討する場合、知っておきたいのが、「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」です。空き家売却時の譲渡所得から最大3,000万円を控除できるという特例で、適用条件は以下のような内容です。
① 相続開始の直前まで被相続人が居住していたこと(相続開始直前に被相続人が老人ホーム等に入居していた場合は、別途規定あり)
②被相続人が1人で居住していたこと
③1981年5月31日以前に建築された家屋(区分所有建築物を除く)であること
④相続してから事業用、賃貸用、居住用として利用されていないこと
⑤相続してから3年後の12月31日まで、かつ、特例の適用期間中(2016年4月1日から2023年12月31日まで)に売却すること(相続開始直前に被相続人が老人ホーム等に入居していた場合は、2019年4月1日以降の売却が対象)
⑥売却価格が1億円以下であること
⑦売却する前に家屋を耐震補強するか、解体していること
適用できる場合、大きなメリットがありますので、適用条件に該当するかどうか、必ず確認してみてください。
認知症リスクと空き家問題
自宅でひとり暮らしの高齢者が介護施設に入ったことを原因として、空き家が発生するケースもあります。その後、所有者である高齢者が認知症を発症し、判断能力が不十分な状態になってしまうと、子どもたちは空き家を売却することも賃貸することもできなくなり、空き家である状態が長期間継続することになりかねません。
成年後見制度の活用も考えられますが、成年後見人は所有者の財産の保全を第一に考えますので、「遠方に住む子供たちが管理するのは大変だから」といった理由での売却は認められず、売却が認められるのは、「空き家を売却しないと所有者の生活資金が賄えない」といったケースに限定されてしまいます。
認知症リスクに備え、家族信託を活用し、元気なうちに信頼できる家族に管理を託しておくのも効果的な対策だと思います。
最後に
Aさんに安い草刈り業者をご紹介することはできませんでしたが、色々とお話しをする中で、Aさんは実家の売却に前向きに取り組む意向を固めたそうです。しばらくして、実家の近所に住む旧知の人から「息子夫婦の新居として是非」という声が掛かり、現在、Bさんと一緒に具体的に話を進めているそうです。
空き家の管理負担は、コスト、体力、精神面で想像以上に重く、結論を先延ばしにすることで、更に負担は大きくなっていきます。「いざという時にこの家をどうしようか?」ということについて、親御さんが元気なうちから、家族でコミュニケーションを取っておくことが重要だと思います。