相続対策のセミナーなどで、「相続税の納税資金の確保も重要」という話を耳にすることがあると思いますが、ピンとこないという人も多いかも知れません。
相続税が課税されるほどの財産を有するのにもかかわらず、わざわざ納税資金を準備するというのはどのようなことでしょうか?今回は相続税の納税資金について、事例とともにご説明します。
「相続税の納税資金、10億円を借りたい」という相談
「相続税は一定以上の財産額を相続する場合にかかる税金。そもそも相続する財産額を超える税金が課税されるわけではないし、相続税を納税するような人は、総じて裕福な人たちであるはず。そんな人たちが納税資金に困ることなんてあるのかな?」
かつては、私もこんな風に思っていました。
しかし、当時、銀行員をしていた私のもとに、そんな認識を一変させる案件が持ち込まれてきました。
「何?相続税の納税資金を借りたい?金額は10億円?」
報告を上げてきた若手営業担当者に、何度か聞き返したのを覚えています。
借主は近隣でも有名な大地主のAさん。確か、半年ほど前に先代が亡くなり、長男のAさんに代替わりしたばかりでした。
「代替わりのご挨拶に」といただいた、勤め先も肩書も書かれていないAさんのシンプルな名刺は、まさに富の象徴です。そんな方がなぜ借金を?事情がよく飲み込めないまま、私はAさんのご自宅に向かいました。
ご自宅の応接間で、上品な顔を曇らせたAさんからお話を伺い、ようやく事態の全貌を把握することができました。
先代は莫大な財産を残して亡くなりましたが、その大半は不動産。金融資産は、一般人の感覚では、非常に大きな金額ではあるものの、相続財産全体に占める割合はごくわずかにすぎません。
何億円もの相続税を現金で一括納付するためには、不動産を売却して換金する必要があります。ところが、不動産の多くは、貸宅地(借地権など宅地の上に存する権利の目的となっている宅地。底地ともいう)。借地人が建物を建てて活用しているため、地主の都合で立ち退いてもらうわけにはいきません。
また、底地のみを第三者に買い取ってもらおうと思っても、なかなか買い手が現れず、思ったような価格で売却できないケースが多いのです。借地人に底地を買い取ってもらうのが一番ですが、これも先方のコンディションを見定めながら、時間をかけた交渉が必要です。
結局、即座に売却可能な賃貸不動産は、全体のごく一部にとどまり、これを売却しただけでは、納税資金を賄えません。
実は、もう1つ売却可能な不動産がありました。Aさんの一族の当主が代々暮らしてきた自宅です。ただし、これだけは、手放すわけにはいきません。
先代の時代からの顧問税理士からは妙案が出ず、友人から紹介された相続に強い税理士が策定したのが、いくつかの不動産を担保に差入れ、納税資金を銀行借入で賄う作戦だったのです。
納税資金調達と次世代への備え
Aさんには、相続税の延納を検討する選択肢もありましたが、延納に係る延納利子税を考慮すると、銀行借入の方がはるかに低コストで資金調達可能です。
一般に、①資金使途が明確で、②十分な価値の担保の差入れが可能で、③返済計画の妥当性が確認できる借入案件であれば、銀行の審査は、まず問題なく通ります。Aさんの相続税納税資金調達案件の場合、①、②は全く問題ないのですが、③をどう考えるかが問題でした。
Aさんサイドと何度も打ち合わせを行った結果、一旦、期間3年の期限一括返済の条件で貸出を実行しました。
この借入期間内に、相当な数に上る借地人と底地の買い取りについての個別交渉を進めるとともに、リーシングの強化などを中心とした既存の賃貸不動産の収益性の向上を図ることとし、3年後に借入額を半額程度に減額した上で、長期約定返済付きの借入に切り替えることを目標としました。
その後、Aさんの地道な努力が実を結び、計画は順調に進みましたが、今でもAさんは、「あの時のことを考えると、本当にゾッとします」とよく当時を振り返ります。そして、「次の世代に同じ思いをさせたくないですから」と、資産ポートフォリオの構成の改善に余念がありません。
まとめ
資産ポートフォリオの構成が極端に不動産に偏っている場合、分割が難しく、相続トラブルの原因となる可能性もあります。
それだけではなく、相続税の納税資金確保の観点からも支障をきたす可能性があるのです。
不動産をお持ちの方の相続対策は、早めに手を打っておくことが重要です。シニアと家族の相談室まで、是非お気軽にご相談ください。