自筆証書遺言とは、文字通り、全文を自書する遺言書のことです。誰にも知られることなく作成でき、費用もかからない点がメリットです。一方で「高齢者が全文を不備なく自書するのは大変」、「紛失・偽造リスクがある」、「遺言者の死後、家庭裁判所に提出して『検認』を受ける必要がある」といった点がデメリットであると言われています。
これに対し、公正証書遺言は、「専門家である公証人が作成するので不備がない」、「公証役場が遺言書の原本を保管してくれるため、紛失・偽造リスクがない」といったメリットがある一方で、作成費用がかかるというデメリットがあります
自筆証書遺言の問題点
2018年7月6日に民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律が成立し、同年7月13日に公布されましたが、改正の大きな目玉として「自筆証書遺言の方式緩和」があります。これまでは、全文を自書することが自筆証書遺言の要件でしたが、2019年1月13日以降に作成された自筆証書遺言においては、財産目録に関する部分については自書を必要とせず、パソコンで作成しても構わないし、不動産登記簿や預金通帳のコピーを使っても構わないことになりました(財産目録の各ページに、署名押印が必要)。また、2020年7月10日から、自筆証書遺言を法務局で保管する制度が創設され、法務局に保管してもらった自筆証書遺言については、検認の手続きを省略できるようになります。
使い勝手がかなり良くなる自筆証書遺言ですが、それでもなお、専門家の多くが公正証書遺言を推奨しており、私も同感です。まだ詳細は公表されていませんが、法務局に預ける段階で、日付がない、押印が漏れているといった明らかな形式不備は指摘してもらえると思われ、形式不備により遺言書が無効となるケースは減少することが期待されます。しかし、遺言書として有効であっても、困った事態を招く以下のようなケースがあります。
<ケース1>相続登記に支障をきたす自筆証書遺言
通常、遺言によってある不動産を誰かに相続(遺贈)したい場合、不動産登記簿上の地番や家屋番号によってその不動産を特定しなければ、相続登記ができません。しかしながら、「住所(地番とは異なる)」で不動産を記載してしまっていたり、「世田谷の自宅」といった抽象的な記載をしてしまっている自筆証書遺言が多く、相続登記を行う段階で支障をきたしている事例が多いのです。
遺言書によって不動産の特定ができない場合、その不動産の相続登記をするには、他の相続人全員の同意書をそろえる必要があります。全員の同意が得られない場合、他の相続人を被告としてその不動産の所有権確認訴訟を提起する必要があります。
また、「自宅(登記簿通りの正確な表記)の家屋を長男に相続させる」と書かれた自筆証書遺言に基づき、相続登記を行おうとしたところ、「『家屋』は建物を指すもので、土地を含むものではない」との法務局の見解があり、敷地部分については遺産分割協議の対象となってしまった事例も知っています。
<ケース2>遺言執行者が指定されていない自筆証書遺言
遺言書の内容通りの遺産分割を実現するためには、誰かが遺言書を根拠に預金口座名義の変更や払い戻し、不動産の登記名義の変更や換金といった手続きを行う必要があります。遺言書の内容を実現するために必要な手続きを行う人のことを「遺言執行者」と言い、遺言書において指定することができます。
自筆証書遺言においては、かなりの確率で遺言執行者が指定されていません。この場合、相続人や受遺者(遺贈によって財産をもらい受ける人)が遺言書の内容実現のため、協力して手続きを行うのですが、全員の署名、押印と印鑑証明が必要になる手続きも多数あり、手続きが極めて煩雑になります。法定相続分より少ない遺産しかもらえない相続人の中には、手続きに非協力的な人もいるでしょう。家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てをすることもできますが、選任までに時間が掛かってしまいます。これでは、せっかく遺言書を作成した意義が半減してしまいます。
まとめ
こうした事態を避けるためにも、「全財産を妻に相続させる」といった内容の遺言は別として、不動産オーナーさんを遺言者とするような遺言書は、公正証書遺言とするのが安心だと思います。作成コストはかかるとしても、まさかのトラブルを回避するための「安心料」だと考えれば、安いものではないでしょうか?
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