失敗事例から学ぶ、相続放棄

相続財産には、借金や連帯保証債務などの負の財産が含まれる場合があります。山林や別荘、遠隔地の空き家など、管理や処分が難しい不動産も事実上の負の財産といえるかもしれません。負の財産を相続したくない場合、相続放棄が有効です。相続放棄をした人は、最初から相続人ではなかったとみなされます。

しかし、相続放棄の手続きには期限があります。また、相続放棄の手続き前に相続財産の処分や名義変更手続きを行ってしまった場合、「単純承認した」とみなされ、相続放棄ができなくなってしまう可能性があります。今回は、ある事例を通じて、相続放棄について考えてみたいと思います。

目次

父からのアドバイスで相続放棄を決心

Aさん(60代女性)は、四国の出身。4人姉妹の末っ子です。高校卒業を機に上京し、以後、ずっと都内で暮らしています。お母様は早くに亡くなりましたが、お父様は長生きされ、昨年の秋、91歳で亡くなりました。3人のお姉様たちは、いずれも実家の近くに住んでいます。

Aさんの実家は地主の家系で、不動産をたくさん所有していますが、農地や山林、貸宅地など、管理や処分が難しい不動産も含まれます。

お父様の具合が悪くなった後、Aさんは何度も東京と四国を往復し、お父様を見舞っていました。ある時、Aさんは病床のお父様から「お前、この辺の面倒臭い土地を相続しても困るだろ?かといって、都合よく預金だけ相続したら、姉たちがうるさいぞ。俺が死んだら、お前は相続放棄しろ。それがお前にとって一番幸せな選択肢だから」とアドバイスを受けたそうです。

Aさんのご主人は事業で成功されていて、Aさんは何不自由のない暮らしを送っています。相続財産をあてにする必要はありません。

また、万事控えめなAさんと違い、3人のお姉様たちはいずれも自己主張の強い性格です。1人だけ遠隔地にいることもあり、お姉様たちと遺産分割の話し合いをすることは、Aさんにとって大きなストレスでした。Aさんはお父様のアドバイスに従い、相続放棄をすることを心に決めたそうです。

他の相続人からの思わぬ反発。期限が近づく中、致命的なミスも

お父様が亡くなり、四十九日の法要が終わった後、Aさんが「相続放棄したい」と伝えたところ、お姉様たちは一斉に反発したそうです。これは、Aさんにとって想定外のものでした。

「お父さんは末娘のあなたを一番かわいがっていたのに、相続放棄なんて、親不孝でしょ」「面倒な相続から自分だけ逃げようなんて、そうは問屋が卸さないからね」「相続はチームワークが大事。4人で協力してやらないと」とお姉様たちから口々に言われ、Aさんは黙り込んでしまいました。

相続放棄を行う場合、被相続人が亡くなり、自分が相続人であることを知った時から原則3ヶ月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出する必要があります。Aさんは、そのことを知っていました。しかし、近づく手続き期限に焦りながらも、お姉様たちの機嫌を気にして、Aさんは蛇ににらまれた蛙のように全く動けずにいました。

そんなある日、一番上のお姉様から信用金庫の相続手続きの書類が郵送されてきました。

「4人全員の署名捺印をそろえて持って行けば、お父さんの預金が解約できるって。実印を押して印鑑証明と一緒に送り返してよ」との電話もあり、Aさんは何気なく、書類に署名捺印し、お姉様に返送したそうです。

しかし、これは非常にまずい行為でした。相続財産の処分や名義変更手続きを行った場合、「相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなす」という民法921条の規定により、相続放棄や限定承認ができなくなってしまう可能性が高いのです。

気がつけば混乱の巻き込まれて体調を崩すことに

相続放棄の手続き期限までに結局何もできず、気がつけば、Aさんは出口が見えない混乱の渦中にいました。

お姉様たちから「おじいさんの名義のままの土地があった」「一番上のお姉ちゃんが全財産の内容を把握しているはずなのに、変に隠そうとしていて困る」「相続税の納税資金が不足するかもしれない」「あの山、もらってくれない?タケノコが取れるからいいでしょ?」といった電話が毎日のように入り、そのたび「当事者意識が足りない」と責められます。Aさんはとうとう体調を崩してしまいました。見かねたご主人が弁護士に依頼するように準備を進めています。

「姉たちの意向に惑わされず、強い意思を持って期限内に手続きを終えておくべきでした。せっかくアドバイスしてくれた父に申し訳ないです」とAさんは反省しきりです。

まとめ

相続放棄は、相続する財産にマイナスの要素が含まれる場合に有効な手段ですが、期限も設けられており、タイミングや手続きには慎重さが求められます。

相続人個人の権利であるため、他の相続人の意向にかかわらず、自分1人だけで手続きを進めることが可能です。相続放棄を決めたら早めに専門家に相談し、必要な手続きをしっかりと進めることが大切です。

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